拍米日記

孤高でありたい

スポーツ観戦記① 2017.07.07 広島vsヤクルト

 七夕。それは笹に短冊を吊るすこと、織姫彦星伝説がある以外は正直あまり知らない行事。それでも、ラッキーナンバーと言われる7が重複する何か特別な日。そんな日に、私が見た奇跡のお話。

 

 2017年7月。広島は順調に貯金を伸ばして首位独走態勢。圧倒的な野手の力を持って2年連続の優勝も遠くない、と見られていたころ。しかし、投手力は盤石とは言えず、特に先発はこの年覚醒した薮田がいてなお足りない状況。この日の予告先発は2017年初登板となる戸田。2016年、交流戦辺りでのあの姿*1がまだ脳裏から消えていなかった私は、それでもやはり一抹の不安を抱きながら、期待を持って球場へ向かった。

ちなみにこの日、私は飲み会があったのに思いっきり蹴って球場に行った。結果的には大正解だったのだが。

 

f:id:Beat_Rice:20200523223121p:plain

2017年7月6日時点のセリーグ順位表。既に独走状態の広島。

 

 2015年頃からおなじみの光景となりつつあった、半分が赤く染まった神宮球場。その赤い観客の目前で繰り広げられたのは、去年の姿が幻かと思わせるような戸田の投球であった。

f:id:Beat_Rice:20200524205339j:plain
f:id:Beat_Rice:20200524210230j:plain
赤いスタンド。2014年頃まではここまでではなかった。

f:id:Beat_Rice:20200524210025j:plain

スタメン。今となってはなかなか思い出深い。3年前なのに懐かしさすら覚える。

 

 1回、早々に山田哲人に2ラン被弾。ああ、これはダメな戸田か、と思わされてしまう先制打。

 しかし、その後はなんとか抑え、4回表には松山のふらふらと上がったフライがライトスタンド最前に着弾。もしかすると、この時から不思議な世界が始まっていたのかもしれない。

 さあここからだ、と赤の衆一万以上が息を入れた途端、戸田の堰が脆くも決壊。投手の原樹理を含む連打連打で2点、3点と2イニングで5失点。気づけば6点差。戸田に抱いていた一抹の期待は無惨にも打ち砕かれ、今日は仕方ないか、という雰囲気が球場半分を包む。*2

 

f:id:Beat_Rice:20200524210835j:plain

正直こういう試合は流石に帰りたくなる

 

私自身も隣に座っていたおばちゃんと、

私「いや~今日はもう仕方ないっすね、また明日ですわ!」

おばちゃん「まあしょうがないよね、勝ちすぎてるし仕方ないわ」

というような会話をしていた。*3

 

 その後は7回表に磯村・バティスタ・菊池・丸で2点を返すも、裏に九里がチャンスを許し1失点。8-3、5点差のまま9回へと進む。ちなみに隣に座っていたおばちゃんは7回が終わったくらいで帰ってしまった。これはしょうがない。*4

 

f:id:Beat_Rice:20200524211049j:plain

同じ安打数なのになんだこの点差は。

f:id:Beat_Rice:20200524211430j:plain

この劣勢ならもう少し帰る人多くてもいいよねって思ったりする。

 

 ここで、もし普通の試合だったら何事もなく終わったのだろう…が。しかしこの日、広島が貯金20で快調に飛ばす一方でヤクルトは5連敗中の借金19。何かを変えなければ抜けらない、と錯覚してしまうような沼の中にいたのだろう。先発の小川を抑えに回したのも、勝利を渇望するが故の足掻き、だったのだろうか。その足掻きが結果に結びつかないという点で、現実は残酷だったのだが。*5

 

f:id:Beat_Rice:20200524211522j:plain

小川vsバティスタ、投球前。小川もバティスタも独特なフォームで、スタンドからよくわかる。

 

 抑え小川としての初球は、キャッチャーミットに届くことなく、レフトスタンドへと消えていった。静かに始まるはずだった9回表は、バティスタによって赤い歓声が包む世界に変えられてしまったような。

 田中を挟んで菊池。これはもし逆風だったのなら、入っていなかっただろうという当たり。これで8-5、3点差。

 丸が四球、鈴木誠也が中飛で2死1塁。流石に厳しいか、とやや諦めかけた私がそこにいた。まあ、2点取って嫌な印象は与えたしいいか、と満足していた。

 しかし、そんな私をよそに松山が左中間へ二塁打。2点差の2死2塁。ついに本塁打で同点の局面が来てしまった。ここまで来てはしょうがない、負けた時のことなんて考えずに応援するしかない。

 次の打者は西川。「釣り球を振ったり、大きく外れた球を振ったりして空振りだけはやめてくれよ…」という願いが通じたのが通じていないのか。釣り球を振ってもなんとか当ててファールで粘り、ファンの肝を冷やす。そして4球目、またしても外れ球に手を出すも二遊間へ。必死に送球する山田哲人。「走れ走れ!」と叫ぶ三塁側。全速力で走る西川。一塁塁審が手を開き、私にとって生涯で一番長い9回表がまだ続く。

 

f:id:Beat_Rice:20200524212045j:plain

代打の瞬間。大事な新井の文字が撮れていないんだが?何やってんの私?

 

 2点差、2死一三塁。もう一発で逆転の状況。スタンドの期待通り、ジャクソンに代わってもちろん代打新井。三塁側は総立ち。*6ただただ、期待を込めて「あ・ら・い!」と叫び続ける。

 

f:id:Beat_Rice:20200524212441j:plain

3年前、彼が広島に帰ると決まった時、こういう状況を誰が想像できただろうか。

f:id:Beat_Rice:20200524212727j:plain

頼れる25の背中。それにしてもスマホの写真のせいもあって画質が悪い。

 

 4球目の直球、新井がついにバットを振り、ボールは空へ。*7

 

 バックスクリーンに向かって飛んでいく打球。フェンスへ向かうセンター坂口が手前で足を止める。(ダメか…?)と思ったか、一瞬スタンドの歓声が小さくなる。しかし打球は見事にバックスクリーン下部に着弾。

 

 お祭り騒ぎのスタンド。私も当然飛び跳ね*8、周囲と終わらないハイタッチの連鎖。喜びすぎてフィールドを見ていない間にいつの間にか追い込まれている打席の磯村。喜びすぎて腹筋を痛める私。何してんの?*9

 

 その新井のHR当時のスタンドの様子は、いくつかYouTubeの動画サイトに上がっているものがあった。それを見ると狂喜乱舞する鯉党の姿が見られる。私もだいたいそんな感じだった。*10

 

f:id:Beat_Rice:20200524213015j:plain

七夕の奇跡。

f:id:Beat_Rice:20200524213541j:plain

9回表が終わっても興奮は引かない。座っている場合ではない。

 

 9回裏、マウンドへ向かう今村の背中からは大歓声。*11ストライクが入るたびに大歓声。もう勝利しか見えていないカープファンたち。正直、この回のヤクルトの打者からは打てそうな感じがしなかった。この日HRも打っている山田哲人を抑えてゲームセット。

 

f:id:Beat_Rice:20200523234342p:plain

スコア。9回表の狂気。

 

f:id:Beat_Rice:20200524213715j:plain

この日のヒーロー。もう少しいい顔の時の写真を撮ればよかった。

 

 この日、球場の外周、帰り道でも赤い服を着た知らない人とハイタッチをしていた。テンションが狂った私は、このあと1週間ほどハイになった状態で過ごしていた。エンターテイメントが精神状態に与える力を感じた瞬間であった。

 

 その広島は、この日をきっかけに浮上した、というわけでもなく、淡々とこの後も勝ちを積み重ねていった。しかし、横浜での鈴木誠也の離脱とともに暗雲が立ち込め、この年は予期せぬ形で終わることになるのですが、それはまた別の話。

 

 ヤクルトは、続いていた連敗を止める好機を逃し、泥沼へとまっしぐら。2日後、1点差での勝利を目前に、またも抑え小川が新井に打たれて白星を逃した。*12*13その連敗は14まで伸び、連敗が明けても光を見ることなく、この年のヤクルトは球団史上最多の敗戦記録を作ってしまうのだった。

 

f:id:Beat_Rice:20200524213850j:plain

7月9日、9回表2アウト3塁、広島2-3ヤクルト、投手小川、打者新井。

 

 野球の試合は何が起こるか分からない、とは言うけれど、大方なにも起こらずに終わる。それは事実である。それでも、ごく稀にこういう試合が見られるかもしれないと思うと、やはりこれがスポーツの魅力なのか、と改めて思う。

 また、真中監督の抑え小川構想は、その結果が大失敗に終わったのも事実であるが、やはり先発投手として十二分に役割を果たしていた選手を抑えに回す、というのは結果如何に関わらず悪手だったと思ってしまう。先の見えない、取り付く島もない状態で、何かを変えないと勝てない、と藁をもつかむ思いでの作戦だったのだろうが、現実は残酷である。この試合の俗称である「七夕の奇跡」は、その名の由来として「七夕の悲劇」を持つ。*14「七夕の悲劇」を産んだ、プロ野球記録の18連敗でも、抑え投手の不在から先発黒木を配置転換するなどしていたという。*15もちろん一概に言える話ではないが、監督という重責がどれだけ人の判断を狂わせるのか、を知ることができるような気がする。そして、七夕という行事自体は野球と関係があるわけではないが、何か魔力のようなものがあるのではないか、と思ってしまう。

 

参考

 http://2689web.com/2017/CS/CS12.html

*1:特に印象深いのは旭川での日ハム戦の投球。大谷と中田から三振を取っていた姿は未だに思い出深い。

*2:この日を最後に、戸田は信頼を失ってしまった感じがある。もちろんその前年に転んで怪我をしたのも信頼を失った一因だが。

*3:ところで、野球場で偶然隣に座ることになった人との会話は何故妙な楽しさがあるんだろうか。全くどうでもいい話なのだが。

*4:もちろん勿体ないことをしたなあ、と後で思ったが、試合の状況があまりにも悪いので判断としては仕方ない。帰らなかった人の方が圧倒的に多かったのは事実である、が。

*5:最終的にこの抑え小川のプランが崩れたことが真中監督辞任の直接的なきっかけになったとか。連敗の狂気は人を狂わせる。

*6:そういえば今の神宮は内野席では立ってはいけないらしいですが。こういう状況でも立てないのはちょっとなあ、とは思ったりする。

*7:後に当時の中継映像を見ると、フォーシームがど真ん中に向かっていた。悲しいが、打たれて然るべき球であった。

*8:内野で飛び跳ねるのはよっぽどのことが無い限りやめましょう。

*9:腹部を抑えていると周囲の人に心配された。30分くらいで収まったが喜び過ぎには注意しよう。

*10:なんならniconicoには9回の中継がそのまま上がっていたりする。

*11:そういえばこの年の抑えは離脱の影響で中崎ではなく今村だった。

*12:ちなみにこの日も私は神宮球場にいた。

*13:参考:http://2689web.com/2017/CS/CS14.html

*14:もちろんこちらもヤクルト視点で七夕の悲劇と言う。

*15:偶然にもこの日、19年ぶりにロッテが七夕に神戸で試合を行い、見事に勝利を果たした。